感想:時をかける少女

二回目観てきました。以下感想など。ネタバレは避けてあります。

感想

文句なしに名作。ただ、何が良かったのかはすごく説明しづらい。

脚本、音楽、背景、演技、キャラクターなど、映画を構成する様々なパーツがよくできているのは間違いないけれど、それらのパーツに点数をつけて合計しても映画全体の点数にはならないんだよね。この映画全体の点数は各パーツの合計点よりももっと高い。

たいていの映画は印象に残ったシーンとかセリフとか構成とかを元に映画全体の魅力を語ることができるんだけれど、この映画はそうゆう分析的な批評に馴染まないところがある。

しいて言えば、全体のバランスのとり方とか、構成要素の選択とか、「選択と集中」の徹底ぶりがすさまじいって感じ。でもこの言い方もかなり舌ったらず。

どうも自分はこの映画の魅力を正しく射抜ける言葉を持っていない気がする。

とにかく、新鮮で濃密な90分間を体験できた映画。好きになれるか嫌いになるかは人それぞれだと思うけれど、今後10年20年と言及されつづける映画だと思う。

参考リンク

周辺的な話

ついでに、この映画を観に行こうと思ったいきさつなんぞを。

理由はふたつ。ネットの口コミでヒットにつながったという過程に興味を惹かれたことと、「細田守」という人が監督をしていたから。

ネットの口コミでヒットにつながった云々という話については、以下の参考リンクを参照。

ここでは「細田守」という人についての個人的な体験を。

何年か前、徹夜明けの日曜日の朝に、寝ぼけた頭でつけっぱなしのテレビをぼーっとみていたことがある。で、そのときにたまたまやっていたのが「秘密のアッコちゃん」。再放送ではなくリメイクだった。

「秘密のアッコちゃん」は子供の頃に何度か観ていたはずで、主題歌も覚えてるし、コンパクトを手に「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、○○にな〜れ〜」って呪文を唱えるシーンも覚えてるんだけど、具体的にどんな話なのかは全然記憶になかった。

今でも人気あるのかなー、などと思いつつそのまま観ていたんだけど、テンポのいい展開とシュールな画面構成が素晴らしく、あまりにインパクトが強かったので、翌週からビデオをセットしてかかさず観ることに。

でも、翌週のアッコちゃんは、丁寧な作りではあるものの、ごくふつーの子供向けのアニメにすぎなかった。その翌週も、そのまた翌週も。

最初に観たあのアッコちゃんは俺の寝ぼけた頭が生み出した幻覚だったのだろうか、などと思い始めた頃、ふと思い立ってネットで製作スタッフをチェックしてみたら、どうも最初に観たエピソードは「細田守」という人が演出担当で、この回だけ突出したクオリティだったらしい。

結局、秘密のアッコちゃんは最終回まで毎回かかさずビデオに録画を続け、細田守演出のエピソードはその間2回放映された。どちらも素晴らしい出来だった。

最近になって調べなおしてみると、あの日寝ぼけた頭で見た最初のアッコちゃんは、1998年7月5日に放送された第14話「チカ子の噂でワニワニ!?」というエピソードだった模様。

WEBアニメスタイルというサイトでタライふゆという人が、細田守の過去作品について解説をしている。そこでの第14話の評価はこんな感じ。

 「チカ子の噂でワニワニ!?」を初めて見た時のショックは、正直、言葉では言い表せません。自分だけでなく、私の周りでは今でも、細田といえばこの「ワニワニ」という人が多いですね。ほとんど伝説の域に達している傑作、いや、怪作とすら言っていいのではないでしょうか。

 とにかく細田演出の特徴が色濃く出ているエピソード。緻密なレイアウトと、同ポ繰り返しが非常に効果的に使われているところが見所です。

 特にそのレイアウトは、TVアニメの常識を遥かに超えています。この頃から、細田は緻密なレイアウトを組み、同ポ繰り返しを効果的に使っていた――いや、この作品があったからこそ「同ポ繰り返しと緻密なレイアウト」=細田演出という認識がなされた、と言いたくなるほどです。

初心者のためのホソダマモル入門・その4『アッコ』と『鬼太郎』で大爆笑!

また、このサイトには細田守自身がアッコちゃんを語っている文章も掲載されている。

要するに「アッコ」とは、「魔法の力を借りた善意の人が人助けをする」物語ではなく、「魔法の力に振り回されたバカな子が、結果的に人助けの助けをしてしまう」物語である、ということだ。とくに、「善人」から「バカな子」へとアッコ像の認識が変化していることは重要だ。物語の主人公であるアッコが、「特殊なひと」たり得るのは、「魔法の力」を持っているからではなく、「バカな子」だからでなければならないのではないか。このように「アッコ」の物語を曲解することによって、道徳的な言説から解き放たれ、また同時に主人公としての異形の人格が、鮮明な輪郭と共に立ち現れるのではないか。なにも「バカな子」を笑い者にしようというのではなく、「バカな子」を徹頭徹尾馬鹿馬鹿しく描くことで、「バカな子」の内部に潜む突き刺すような鋭い哀しみや、寄る辺ない痛みや、暴力的な情熱があぶり出されてくるのではないか。何にでも変身できるなどという程度の「魔法の力」などテレビの中にいくらでもひしめき合っているくらい凡庸であるいま、「魔法」が、「変身」が、今だったらなんの比喩に当てはまるのか、演出だったらちょっとは頭ひねって考えてみなさいよ。

[再録]自作を語る『ひみつのアッコちゃん』「わたしの好きなアッコ」細田守

その後、私はほとんどテレビを見ることがなくなり、細田守という名前も忘れかけてしまうのだが、数年後に再びその名前をみかけることになる。

2001年末にスタジオジブリが製作発表した作品「ハウルの動く城」。発表時の説明では、宮崎駿監督作品ではなく、ジブリ外部から招いた人物に監督を任せるということだった。で、その監督の名前が細田守だったのである。

おー、アッコちゃんの人が、ジブリで監督をやるのかー。やっぱ才能がある人はチャンスを掴んでいくもんだなぁ。などと思っていたのだが、製作途中で細田守は監督を降板。結局宮崎駿監督作品として公開されることになる。

降板の経緯についてはよくわからない。 ただ、細田守監督の「時をかける少女」と同シーズンに、宮崎駿の息子宮崎吾朗が監督した「ゲド戦記」が公開されたというのは、なかなかドラマチックなエピソードである。

そんなわけで細田守という名前は、私にとって奇妙に印象に残る不思議な存在なのです。

ついでに宣伝

現時点で品切れだったりしますが。

購入してみました。本編の全コンテ+数ページの監督インタビューのみのシンプルな本です。

同ポジ(複数のカットで同じカメラ位置を使いまわすこと。アニメの場合背景を使いまわせる)や兼用(全く同じカットの使いまわし)の指示が多いことが印象的。

2800円といいお値段しますが、本編が気に入った人なら楽しめると思います。

あと、調子にのってこれも注文してみたけれど、現時点では未着。

by Myfuna at 2006年09月30日 12:52 Comment(0) TrackBack(1)
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「サマーウォーズ」予告編 / 42 / 2009-06-17 10:39