3億kmの彼方

思いが強すぎて語れないことがある。

それが成し遂げたこと、成し遂げつつあることに、私が興味と関心を持ち、感動と興奮を覚えたことは事実だが、いざそれを文章にしようとすると、どうもうまくまとまらないのだ。

しかし、「何を語るか」ではなく「語ったということ」それ自体に多少なりとも意味があると思うので、あえて語ることにする。

はやぶさ


2003年5月9日。
鹿児島県内之浦のロケット発射場から、青空に向けてM-V型ロケット5号機が打ち上げられた。

このロケットに搭載されていたのが、宇宙探査機 MUSES-C 「はやぶさ」という名の宇宙探査機である。

「工学実験探査機」とも呼ばれる、はやぶさのミッションは大きく分けて4つある。

  • イオンエンジンの実証実験
  • 自立航法機能の実証実験
  • 小惑星からのサンプル収集
  • 地球へのサンプルの回収


イオンエンジンの実証実験


宇宙機は、「自分の後ろに向かってものを投げて、その反動で前に進む」という単純な原理で移動する。
このとき、後ろに投げるものを推進剤という。

地上からロケットを打ち上げる場合は重力の影響に逆らう必要があるので、より短時間に高い加速が得ることが重要になるが、無重量状態の宇宙空間を移動する宇宙機の運用では、単位時間あたりの加速度(推力)よりも、単位燃料あたりの加速度(非推力)が重要となってくる。

宇宙空間では旅の途中での補給が見込めない。
なので推進剤も全て自分で担いでいくことになるが、推進剤を大量に積めばその分だけ全体の質量が増加し、結果として得られる加速は小さくなる。

だから、より少ない推進剤でより高い加速を得るこことが重要なのだ。
要するに燃費が良くなきゃダメだということである。

現在主流の化学推進エンジンは、燃料と酸化剤を燃焼させて加速を得る。
これは純然たる化学反応なので、一定の燃料を消費したときに得られるエネルギーの量には決まった限界がある。
どんなに技術が進歩しようが、計算によって求められる限界値を超えることはできない。
現在のロケットエンジン技術は、この限界値に対して90%以上の性能を引き出すことに成功している。
今後技術が進歩したとしても、科学推進エンジンでは、あと数パーセントの性能向上しか見込めないわけだ。

従来の惑星探査機(ボイジャーとか)は初期段階で加速を終え、(スウィングバイなどの軌道設計による加速はあるが)基本的には全行程を慣性で移動している。行程の途中で変更できる要素は少なく、また目標への到達にも長い時間が必要となる。

はやぶさには、電力を元にイオン化した推進剤を高速で噴射する、電気推進エンジンが搭載されている。
この方式では非常に小さな推力しか得られないが、長時間に渡って加速を続けることによって、最終的にはより少ない推進剤でより高い加速を得ることができる。

このような新世代のエンジンの長期運用実績を得たことは、今後人類がよりよく太陽系を知るために重要な礎になることだろう。

自律航法機能の実証実験


はやぶさがランデブーした 小惑星 1998SF36 (日本のロケット開発の先駆者の名前をとって「イトカワ」と呼ばれる)と地球との距離は約3億km。
これは光ですら約17分もかかる距離である。

これだけの距離で、リアルタイムにリモートコントロールする技術は人類にはない。
このため、はやぶさはカメラやレーダーによって得られたデータを元に自分の状況を判断し、小惑星に向けて降下するための自立航法機能が備えられている。

地表からの観測によって、ある程度の推測は可能なものの、そこが実際にどんな場所であるかは実際にそこに行ってみるまで知ることはできない。
文字通り前人未踏の領域へ、はやぶさは降り立つことになる。

しかし、自律航法とは全自動という意味ではなく、この挑戦は運用スタッフとはやぶさの過酷な二人三脚となった。

小惑星からのサンプル収集


小惑星は充分な質量がないため重力が小さすぎて、通常のイメージでの着陸は困難である。
そこで、はやぶさは小惑星にゆっくりと着陸し、着陸と同時に小さな弾丸を射出。舞い上がった破片を回収し、約1秒後に離陸するという方法でサンプルの回収を行う。

このようなサンプル収集方法は前例がなく、成功すれば世界初の快挙である。

なお、この獲物にめがけて急降下し、素早く上昇するというイメージが「はやぶさ」の命名の由来となった。

地球へのサンプルの回収


はやぶさは、サンプルを収集するだけでなく、それを地球に持ち帰るという野心的な挑戦も行う。

3億km離れた小惑星からはやぶさは地球近傍にまで帰還し、地球に向けてサンプルの入ったカプセルを投下する。カプセルは秒速12kmで大気圏に突入し、地上へと落下する予定である。

単純な話に思えるが、数年間も宇宙を旅した上で摂氏3000度の高熱と落下の衝撃に耐えるカプセルは前例がなく、このためだけに新しい素材が開発されることとなった。

計画が順調にいけば2007年に、カプセルはオーストラリアに着地する予定だった。

3億kmの彼方で



2005年9月12日
はやぶさは、3機のイオンエンジンを積算で2万時間稼動させ、目標である小惑星イトカワへ到達した。

打ち上げから2年以上の年月を経たわけだが、その間にトラブルが無かった訳ではない。太陽電池の発生電力の低下。姿勢を制御するための3基のリアクションホイールのうち2基が故障など、満身創痍の状態での到達となった。

到達後、はやぶさは約7週間かけてイトカワの観測を行った。小惑星の近傍に静止し、長期間に渡って詳細な科学的観測を行った。

2005年11月4日
はやぶさは、イトカワへの第一回リハーサル降下を開始。
高度3.5kmから700mまで順調に降下したものの、自立航法機能の航法誤差が許容値を逸脱したため降下試験を中止した。

2005年11月9日
第二回リハーサル降下
このときの試験では、高度約70mまでイトカワに近づいた。

2005年11月12日
第三回リハーサル降下
高度1.4kmから高度55mまで降下。その後の上昇中に、小惑星探査ロボット「ミネルバ」を分離した。「ミネルバ」は小惑星に降下後、その地表を調査しはやぶさ経由でそのデータを送信してくる予定だったが、分離タイミングがうまくいかずイトカワ表面に到達することはなかった。

2005年11月19日
第一回着陸/資料採取
高度1kmから降下開始。高度40mで、ターゲットマーカー(着陸に先立って打ち出し、着陸地点の目安とする目印)を放出。高度25mでホバリング開始。小惑星の持つ微小重力に従い高度17mまで降下して、地表面に対して水平状態へ姿勢変更。これにより地上とのテレメトリー通信停止。この後、予定していた時間をはるかに越え40分近くにわたり通信が途絶する。
その後のデータ解析によると、自律制御されたはやぶさの障害物検出センサが、何らかの反射光を検出し、緊急着陸モードに以降。はやぶさはイトカワ表面に2回ほどバウンドして着陸。約30分後、地上からのコマンドを受信し緊急離陸を行った。
このトラブルにより、はやぶさは小惑星から離陸した最初の宇宙船となった。

2005年11月26日
第二回着陸/資料採取
高度1kmから降下開始。高度約7mで地表面に対して水平状態へ姿勢変更。これにより地上とのテレメトリー通信停止。
予定では、この時サンプルの回収が行われたはずである。
この後、自律航法により予定通り離陸、しかし上昇中に化学エンジンから燃料リークを検出。姿勢制御が不安定になり、通信が途絶する。

2005年11月29日
部分的に通信復旧。
この後、状況の確認と、姿勢制御のための努力が続く。

2005年12月5日。テレメトリー復旧
この時取得したデータでは、サンプル回収のための弾丸射出が行われたという記録が確認できなかった。

2005年12月9日。
再び通信途絶。
燃料漏洩によるガスの噴出により姿勢制御が不安定となり、スピン状態に陥ったと推測されている。


これら降下の様子は JAXA による HAYABUSA LIVEで管制室の映像がストリーミング配信されると同時に、リアルタイム更新の Blog で逐一状況が伝えられた。また、ノンフィクション・ライター松浦晋也氏のBlog「松浦晋也のL/D」には、記者会見の様子などが逐次報告されていた。


2005年12月14日
はやぶさの復旧作業はなお続けられているが、短期間での復旧は困難だと判断され、当初の計画の2007年6月の地球帰還を3年延長し、2010年6月の帰還に向けて努力が続けられることになった。

このときの記者会見の様子を、「はやぶさリンク」:12月14日午前の記者会見(松浦晋也のL/D)で知ることができる。

この中で、川口淳一郎プロジェクトマネージャーがこう発言している。

 はやぶさのみが得られた情報は、かなり多い。これについてここで繰り返すことはないだろう。多少先にあるがきちんとしたまとめを公表することになるだろう。我が国として国民の税金でまかなわれた成果は、その成果を我が国が享受する必要があると考えている。データが拡散すると、他国の研究者が第一著者となるペーパーが出てしまう可能性もある。もちろん全世界への貢献も考えなくてはならない。
 エンジニアリングの成果では、トラブルシューティングのみならず運用全体で得られた成果を重要だと考えている。
 今回、サンプルリターンを全世界で初めて試みた。宇宙開発は過去、マスコミの監視の中、びくびくしながら、確実性の高いプロジェクトを実行してきた。しかし宇宙開発には、リスクを取っても先に進むということも必要なのではないか。

 高い塔を建ててそこへのぼってみれば新たな地平が見えるものだ。そのような塔を自ら建てるという意識を鼓舞したという点でははやぶさには意味があると考えている。

 現状、NASAもESAもサンプルリターンもおそらくプロポーザルを出せないだろう。少なくともはやぶさレベルまでは成功させなくてはならないから。
 だからはやぶさ2があるとすれば、これは日本にしかできないだろう。是非ともやりたい。

その不屈の姿勢に拍手を送りたい。
私が日本の宇宙開発に期待するのは「失敗しないこと」ではなく、「一歩でも前に進むこと」である。

80万人の署名を載せて
2003年5月。はやぶさの打ち上げに先立ち、「星の王子様に会いに行きませんか」というキャンペーンが行われた。
これは、はやぶさが小惑星への着陸に先立って投下するターゲットマーカーに応募者の名前を刻んでくれるというもの。

このキャンペーンには149か国から88万人が応募し、アルミ箔に0.03m角のアルファベットで名前が刻まれることになった。

この署名入りターゲットマーカーは、第一回着陸時に投下され無事にイトカワに到達した

このターゲットマーカーには私の名前も刻まれているはずである。
もしかしたら自分の名前が、今後数億年もの時をイトカワと一緒に太陽を回ることになるかもしれないと想像すると、ちょっとだけ何か敬虔な気持ちになったりするのである。

はやぶさ、帰って来い…
by Myfuna at 2005年12月18日 06:46 Comment(1) TrackBack(0)
この記事へのコメント
あああ、いいな、こーいうの!!
libさんの名前刻まれてるのかー。なんかロマンだ。

イトカワもはやぶさも、今は地球から一番遠い辺りにいるんだねー。
つか、イトカワの軌道って面白いな。地球みたいに真円ぽくはなくて、太陽からの距離も一定じゃないよね。小惑星としてはこっちの方が普通なのかな。

ド素人だから全然詳しくないけど、宇宙関連の話、わたし結構好きなんだー。
思うことあったらまた書いてね。読みたい読みたい!
by Luna at 2005年12月18日 15:41
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